2008年05月16日
悔しさから生まれるもの
どうも、きゃっするです。
きゃっする自身、今まで、何度も悔しい思いをしてきました。
しかし、先日行われた、日本車椅子バスケットボール選手権の決勝戦で破れ、4連覇を逃したことが過去最高に悔しい出来事だったかもしれません。
試合に負けた瞬間、正直、全く現状を理解できていませんでした。
負けるという事を全く想像していませんでしたから、負けた事を受け入れることが出来なかったのです。
今回は4連覇という目標があり、その先には、前人未到の「5連覇」という、最大の目標がありましたから。。
また、イチからやり直し。。あと5年も現役を続けられるのだろか??様々な思いが過ぎりました。
一夜明け、負けたという現実に直面した時、心の底から「悔しい」という気持ちが沸きあがってきたのです。そして、負けた悔しさと同時に、自分自身の心の弱さ、全力を出し切れなかった事への怒りも沸いてきたのです。
負けた悔しさ、自分自身への不甲斐なさ、そして怒り。。
でもその先にあったのは、
「次は絶対に負けない!もう一度、日本一に返り咲く!!」という、強い気持ちでした。
そう思ったとき、来年、日本一になるために、「今」何をすべきかを考えたのです。
試合の場面を思い出し、チームに足りないもの、自分に足りないものを課題としてあげました。
そして、日本一に返り咲いているチームの姿をイメージしたのです。
そのイメージに到達するためには、やらなくてはいけないことがたくさんあります。
3連覇していた時よりも、さらにハードな走り込みや練習が必要となってくるでしょう!
日本一だった時は、日本一の練習をしてきたつもりです。
でも、これからは、日本一になる為に、日本一の練習をしていかなくてはならないのです。
今までと同じじゃ、日本一になんてなれませんからね。さらにハードルを上げて行かないと!
考え方が変わると → 行動が変わる。行動が変わると → 結果が変わる。
今までは正直、考え方が受身だったような気がします。
「なんとかなるだろう」→「それなりの行動」→「それなりの結果」しか出なかった。
でも、これからは、本当の意味でチャレンジャーですから、
「必ず勝つ」→「全てにおいて全力」→「日本一奪還」となることでしょう!
決勝で負けた悔しさは、自分にとっての財産です。
悔しさが大きかった分、次の目標を達成した時の喜びは大きいし、人間としても成長できますからね。
4連覇は果せず、前人未到の5連覇への夢もイチからやり直しですが、
もし仮に、自分が現役で続けていなくても、次の世代にその夢をつなげることはできますからね。
まずは来年、その夢への1歩目を刻むために、今年1年全力で突っ走ろうと思います。
最後に、悔しさから生まれるもの、、、
それは、行動(努力)と向上心だと思います。
行動(努力)と向上心なくして、成長はあり得ませんから。。
もし仮に、向上心を持って行動を起こしても結果がでなかった時は?と思われる方、
行動を起こす前と起こした後での自分自身の変化に気づいてください。
どれだけ変われたかということに気づけば、次の目標ができたときに必ず役に立ちます!
そして、その気づきが人間としての成長につながると思いますので。。。
嬉しくても、行動!
悔しくても、行動!!
何ごとも行動を起こさないと前には進めませんからねぇ~!!!
きゃっする自身、今まで、何度も悔しい思いをしてきました。
しかし、先日行われた、日本車椅子バスケットボール選手権の決勝戦で破れ、4連覇を逃したことが過去最高に悔しい出来事だったかもしれません。
試合に負けた瞬間、正直、全く現状を理解できていませんでした。
負けるという事を全く想像していませんでしたから、負けた事を受け入れることが出来なかったのです。
今回は4連覇という目標があり、その先には、前人未到の「5連覇」という、最大の目標がありましたから。。
また、イチからやり直し。。あと5年も現役を続けられるのだろか??様々な思いが過ぎりました。
一夜明け、負けたという現実に直面した時、心の底から「悔しい」という気持ちが沸きあがってきたのです。そして、負けた悔しさと同時に、自分自身の心の弱さ、全力を出し切れなかった事への怒りも沸いてきたのです。
負けた悔しさ、自分自身への不甲斐なさ、そして怒り。。
でもその先にあったのは、
「次は絶対に負けない!もう一度、日本一に返り咲く!!」という、強い気持ちでした。
そう思ったとき、来年、日本一になるために、「今」何をすべきかを考えたのです。
試合の場面を思い出し、チームに足りないもの、自分に足りないものを課題としてあげました。
そして、日本一に返り咲いているチームの姿をイメージしたのです。
そのイメージに到達するためには、やらなくてはいけないことがたくさんあります。
3連覇していた時よりも、さらにハードな走り込みや練習が必要となってくるでしょう!
日本一だった時は、日本一の練習をしてきたつもりです。
でも、これからは、日本一になる為に、日本一の練習をしていかなくてはならないのです。
今までと同じじゃ、日本一になんてなれませんからね。さらにハードルを上げて行かないと!
考え方が変わると → 行動が変わる。行動が変わると → 結果が変わる。
今までは正直、考え方が受身だったような気がします。
「なんとかなるだろう」→「それなりの行動」→「それなりの結果」しか出なかった。
でも、これからは、本当の意味でチャレンジャーですから、
「必ず勝つ」→「全てにおいて全力」→「日本一奪還」となることでしょう!
決勝で負けた悔しさは、自分にとっての財産です。
悔しさが大きかった分、次の目標を達成した時の喜びは大きいし、人間としても成長できますからね。
4連覇は果せず、前人未到の5連覇への夢もイチからやり直しですが、
もし仮に、自分が現役で続けていなくても、次の世代にその夢をつなげることはできますからね。
まずは来年、その夢への1歩目を刻むために、今年1年全力で突っ走ろうと思います。
最後に、悔しさから生まれるもの、、、
それは、行動(努力)と向上心だと思います。
行動(努力)と向上心なくして、成長はあり得ませんから。。
もし仮に、向上心を持って行動を起こしても結果がでなかった時は?と思われる方、
行動を起こす前と起こした後での自分自身の変化に気づいてください。
どれだけ変われたかということに気づけば、次の目標ができたときに必ず役に立ちます!
そして、その気づきが人間としての成長につながると思いますので。。。
嬉しくても、行動!
悔しくても、行動!!
何ごとも行動を起こさないと前には進めませんからねぇ~!!!
2008年05月09日
きっかけは1本のビデオから。。
どうも~、きゃっするです。
今回は、きゃっするがプロサッカー選手を目指すきっかけについて、聞いてもらいましょう!
小学校2年生で始めたサッカーでしたが、実はそれほど、サッカーが好きだった訳ではなかったんですよ。
その当時は、巨人ファンの父親の影響で野球が大好きでした。
しかし、地元の野球チームに入れてもらおうとしたら、「3年生からじゃないと入れないから。。。」と言われてしまい、その時点で、「もう、野球はもういいや~」と思ったのです。
ちょうど、その後すぐに、2つ上の姉の担任の先生がサッカーの顧問で、その先生に「お前、足速いんだって?サッカーやらないか??」と誘われ、なんとなくサッカーを始めたんです。
これがサッカーとの出会いです。
でもここで・・・!
もしあの時、すんなり野球チームに入ることができていたらどうだったでしょうか?
もしかしたら、サッカーと出会うことは無かったかもしれませんよね!?
この一つの出来事すらも、きゃっするは出会いだと感じているのです。
そんな訳で、最初はなんとなく始めたサッカーでしたが、徐々にサッカーの持つ魅力に引かれ、上手くなりたいという「向上心」が芽生え、いつしか地元の選抜チームに選ばれるようになったのです。
そして、5年生の時、運命的な出会いが訪れたのです。
1982年、ワールドカップスペイン大会が行われていたこの時期、今みたいに衛星放送もビデオもあまり無かった頃、友達の家にワールドカップのビデオを見に行くことになったんです。
その時の試合が「西ドイツvsポーランド」でした。
当時は海外の試合を見ることはほとんどできず、せいぜい日韓定期戦かトヨタカップくらいでしたからね(笑)。
※関東地方ではダイヤモンドサッカーというのがありましたが、これもこの友達の家でビデオを見せてもらった記憶があります。
その西ドイツvsポーランドの試合を食い入るように見ている時、小さな体でスイスイとドリブルですり抜ける、西ドイツの背番号7番、「リトバルスキー」の姿がありました。
そう、後にジェフで一緒にプレーすることになる、リッティー(愛称)です。
ポーランドの屈強なディフェンス陣をドリブルで抜いていく姿に、「すげぇ~、かっこいい」と感動し、自分もあんな風になりたいなと思ったのです。
毎月買っていたサッカーマガジンの付録が、リトバルスキーのポスターで、それを自分のベッド(2段ベットの上)の天井に貼り付け、毎日そのポスターを見ながら、練習で使った汚いボールを足で触りながら寝ましたよ(笑)
その頃、日本には今みたいにJリーグは無く、プロになるには海外に行くしかありませんでした。
リトバルスキーの影響や奥寺康彦さんがブンデスリーガーでプレーしていたという事もあり、「将来、西ドイツでプロのサッカー選手になりたい!」という夢をその時初めて持ったのです。
それから、8年後。
Jリーグ、ジェフユナイテッド市原とプロ契約を交わし、小学校5年生の時から思い続けた夢が現実のものになったのです。
それにしても、あの時の1本のビデオから、プロサッカー選手を目指すことになるとは・・・
本当、人生どこで何が起こるかわかりませんね~~。
今回は、きゃっするがプロサッカー選手を目指すきっかけについて、聞いてもらいましょう!
小学校2年生で始めたサッカーでしたが、実はそれほど、サッカーが好きだった訳ではなかったんですよ。
その当時は、巨人ファンの父親の影響で野球が大好きでした。
しかし、地元の野球チームに入れてもらおうとしたら、「3年生からじゃないと入れないから。。。」と言われてしまい、その時点で、「もう、野球はもういいや~」と思ったのです。
ちょうど、その後すぐに、2つ上の姉の担任の先生がサッカーの顧問で、その先生に「お前、足速いんだって?サッカーやらないか??」と誘われ、なんとなくサッカーを始めたんです。
これがサッカーとの出会いです。
でもここで・・・!
もしあの時、すんなり野球チームに入ることができていたらどうだったでしょうか?
もしかしたら、サッカーと出会うことは無かったかもしれませんよね!?
この一つの出来事すらも、きゃっするは出会いだと感じているのです。
そんな訳で、最初はなんとなく始めたサッカーでしたが、徐々にサッカーの持つ魅力に引かれ、上手くなりたいという「向上心」が芽生え、いつしか地元の選抜チームに選ばれるようになったのです。
そして、5年生の時、運命的な出会いが訪れたのです。
1982年、ワールドカップスペイン大会が行われていたこの時期、今みたいに衛星放送もビデオもあまり無かった頃、友達の家にワールドカップのビデオを見に行くことになったんです。
その時の試合が「西ドイツvsポーランド」でした。
当時は海外の試合を見ることはほとんどできず、せいぜい日韓定期戦かトヨタカップくらいでしたからね(笑)。
※関東地方ではダイヤモンドサッカーというのがありましたが、これもこの友達の家でビデオを見せてもらった記憶があります。
その西ドイツvsポーランドの試合を食い入るように見ている時、小さな体でスイスイとドリブルですり抜ける、西ドイツの背番号7番、「リトバルスキー」の姿がありました。
そう、後にジェフで一緒にプレーすることになる、リッティー(愛称)です。
ポーランドの屈強なディフェンス陣をドリブルで抜いていく姿に、「すげぇ~、かっこいい」と感動し、自分もあんな風になりたいなと思ったのです。
毎月買っていたサッカーマガジンの付録が、リトバルスキーのポスターで、それを自分のベッド(2段ベットの上)の天井に貼り付け、毎日そのポスターを見ながら、練習で使った汚いボールを足で触りながら寝ましたよ(笑)
その頃、日本には今みたいにJリーグは無く、プロになるには海外に行くしかありませんでした。
リトバルスキーの影響や奥寺康彦さんがブンデスリーガーでプレーしていたという事もあり、「将来、西ドイツでプロのサッカー選手になりたい!」という夢をその時初めて持ったのです。
それから、8年後。
Jリーグ、ジェフユナイテッド市原とプロ契約を交わし、小学校5年生の時から思い続けた夢が現実のものになったのです。
それにしても、あの時の1本のビデオから、プロサッカー選手を目指すことになるとは・・・
本当、人生どこで何が起こるかわかりませんね~~。
2008年05月02日
室蘭よいとこ一度はおいで~~
どうも、きゃっするです。
北海道室蘭市出身のきゃっする、ここだけの話し?「室蘭ふるさと大使」という肩書きを持っています。
ふるさと大使と言っても、これといって何をするわけでもないのですが・・・
とりあえず、講演などに行った時、北海道室蘭市出身ということは入れてもらっています。
でも、まだまだ宣伝が足りていないようなので、今回のきいてくれ!は、「室蘭市」についてお話ししましょう!
室蘭市出身の有名人
芸能界では、
元モーニング娘の「安倍なつみ」さんでしょうね。
きゃっすると小学校、中学校も一緒みたいですから、後輩になりますねぇ。
安倍なつみさんの妹の「安倍麻美」さんも同じく室蘭の出身です。
元モーニング娘の飯田圭織さんも室蘭市出身。
なんか、室蘭市はモーニング娘が多いなぁ~~。
スポーツ界では、
サッカーの元日本代表「城彰二」。中学までは室蘭にいました。
その後、両親の出身地である、鹿児島に行ったみたいです。
スキンヘッドで有名な、元スピードスケート選手の「堀井学」さんも室蘭出身です。
ちなみにきゃっすると同じ年だったような??
その他にも芸能人、スポーツ選手、文化人がたくさんいますよ。
次に室蘭の名所と言えば、
地球岬に白鳥大橋、測量山に室蘭岳などありますが、
やっぱり、きゃっするがオススメするのは、「イタンキ浜」ですね。
きゃっするが通っていた小学校の近くにあって、よくイタンキ浜を走らされました。
また、中学校になると彼女とよくデートしたっけなぁ~。
昔話はさておき、イタンキ浜は鳴き砂海岸、サーフィンのメッカとしても有名です。
個人的には、たくさん穴場がありますが、それは、秘密です!
さて、みなさんお待ちかね?名物(食べ物)に行ってみましょう!
室蘭に来たら、これを食べなきゃ絶対に損をしますよ!!
「室蘭やきとり」
「やきとり」という名前なんですが、鶏肉ではなく、豚肉なんです。
しかも間にはねぎではなくて、「タマネギ」。
たれで焼き、洋からしを付けて食べるのが主流ですが、塩もあります。
一度食べたら、もう病みつき!
「一平」という店が有名ですが、きゃっするが室蘭に帰ったら必ず行くのが、
「とりきん」というお店です。ホント、ヤバイくらい旨いです!
是非、是非、是非、一度食べてみてほしい!!!
それから、「カレーラーメン」。
室蘭発祥かどうかはわかりませんが、間違いなく、室蘭名物の一つ。
これは、マジで旨い!
カレーラーメンも室蘭に帰ったら必ず食べます。
隣町になるんですが、「つるつる屋」というラーメン屋さんは最高!
元々、むろらんにあったのですが、店舗が移動してしまったのです。
カレーラーメンも一度食べてみてほしいですね~。
その他、室蘭には新日鉄に日本製鋼所など、大きな工場があります。
鉄の町としても有名でした。。(あれ?過去形??)
まだまだ、室蘭の良い所はたくさんありますよ。
札幌から函館に行く時、室蘭を素通りせず、ちょっと寄ってみてくださいね~。
鉄の町室蘭、港の町室蘭、やきとりとラーメンの町室蘭、サッカーの町室蘭・・・
室蘭に一度おいでになってくださ~~~い!!!!!
北海道室蘭市出身のきゃっする、ここだけの話し?「室蘭ふるさと大使」という肩書きを持っています。
ふるさと大使と言っても、これといって何をするわけでもないのですが・・・
とりあえず、講演などに行った時、北海道室蘭市出身ということは入れてもらっています。
でも、まだまだ宣伝が足りていないようなので、今回のきいてくれ!は、「室蘭市」についてお話ししましょう!
室蘭市出身の有名人
芸能界では、
元モーニング娘の「安倍なつみ」さんでしょうね。
きゃっすると小学校、中学校も一緒みたいですから、後輩になりますねぇ。
安倍なつみさんの妹の「安倍麻美」さんも同じく室蘭の出身です。
元モーニング娘の飯田圭織さんも室蘭市出身。
なんか、室蘭市はモーニング娘が多いなぁ~~。
スポーツ界では、
サッカーの元日本代表「城彰二」。中学までは室蘭にいました。
その後、両親の出身地である、鹿児島に行ったみたいです。
スキンヘッドで有名な、元スピードスケート選手の「堀井学」さんも室蘭出身です。
ちなみにきゃっすると同じ年だったような??
その他にも芸能人、スポーツ選手、文化人がたくさんいますよ。
次に室蘭の名所と言えば、
地球岬に白鳥大橋、測量山に室蘭岳などありますが、
やっぱり、きゃっするがオススメするのは、「イタンキ浜」ですね。
きゃっするが通っていた小学校の近くにあって、よくイタンキ浜を走らされました。
また、中学校になると彼女とよくデートしたっけなぁ~。
昔話はさておき、イタンキ浜は鳴き砂海岸、サーフィンのメッカとしても有名です。
個人的には、たくさん穴場がありますが、それは、秘密です!
さて、みなさんお待ちかね?名物(食べ物)に行ってみましょう!
室蘭に来たら、これを食べなきゃ絶対に損をしますよ!!
「室蘭やきとり」
「やきとり」という名前なんですが、鶏肉ではなく、豚肉なんです。
しかも間にはねぎではなくて、「タマネギ」。
たれで焼き、洋からしを付けて食べるのが主流ですが、塩もあります。
一度食べたら、もう病みつき!
「一平」という店が有名ですが、きゃっするが室蘭に帰ったら必ず行くのが、
「とりきん」というお店です。ホント、ヤバイくらい旨いです!
是非、是非、是非、一度食べてみてほしい!!!
それから、「カレーラーメン」。
室蘭発祥かどうかはわかりませんが、間違いなく、室蘭名物の一つ。
これは、マジで旨い!
カレーラーメンも室蘭に帰ったら必ず食べます。
隣町になるんですが、「つるつる屋」というラーメン屋さんは最高!
元々、むろらんにあったのですが、店舗が移動してしまったのです。
カレーラーメンも一度食べてみてほしいですね~。
その他、室蘭には新日鉄に日本製鋼所など、大きな工場があります。
鉄の町としても有名でした。。(あれ?過去形??)
まだまだ、室蘭の良い所はたくさんありますよ。
札幌から函館に行く時、室蘭を素通りせず、ちょっと寄ってみてくださいね~。
鉄の町室蘭、港の町室蘭、やきとりとラーメンの町室蘭、サッカーの町室蘭・・・
室蘭に一度おいでになってくださ~~~い!!!!!

